ボトルの数だけ
客を食い物にしてきた、というのは、たぶん言いすぎではない。
ボトルを入れてもらうとき、わたしは少しだけ声を落とす。「わたしのために、入れてくれるの」と言う。嘘ではない。ただ、わたしのためというのは、バックが入るわたしのため、という意味なんだよね。そこは言わない。指輪の跡のある人ほど、この一言がよく効く。白い輪を見ないふりをして、手だけ、ほんの少し長く預かる。それだけで、七千円のウイスキーが、一万四千円のなぐさめになる。ひどい計算だと思う。やっている本人が、いちばん計算が速いのだから、救いようがない。
先週、そういう客が来た。奥さんの話はしない人で、かわりに財布の話をする人だった。わたしは、その夜、いつもよりやさしかった。やさしくした分だけ、会計のほうになります、と言う声が、自分でもおかしいくらい事務的だった。バイトの子みたいだ。笑える。
閉店のあと、氷の溶けたグラスを洗いながら、あの人の手の温度を思い出していた。握られたのは、わたしのほうなのに、取られたのは、あの人のほうだった。お金も、ひと晩ぶんの見栄も、帰りの電車も。わたしの手には、ぬるい水と、レシートの控えだけが残った。
報いというのは、罰の顔をして来ない。ただ、帰り道に、立ち食いそばの湯気が、ちっともおいしそうに見えなかった。それだけのことで、足の裏がずっと冷たかった。
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