値踏みの済んだ手
火曜の夜は小雨で、傘をたたむ音がドアの向こうで二度した。
その客は、五十そこそこの羽振りのいい自営の人で、時計は新しいのに靴の踵がすこし減っている。見栄というのは、だいたい足もとから先に疲れるんだよね、たぶん。ボトルの値段を気にして、気にしていないふりをしながら、わたしの手元ばかりを見ていた。つまらない人だな、と思った。思いながら、氷をひとつ多く入れた。
罵りたい気持ちは、ちゃんとある。話は長いし、自分の苦労はいつも三割増しだし、奥さんの話になると急にグラスを回しはじめる。それなのに、傘の水滴を拭った指の関節がやけに骨っぽくて、そういえば、いい手をしているなと、ぼんやり思ってしまった。それだけで、さっきまでの悪口がなんとなくぜんぶ溶けていくのだった。
わたしは自分のことを、わりと清潔な人間だと思っていた時期がある。いまはだいぶ違って、中身を見下しながら、手にはあっさり負ける。軽蔑と欲は、同じ棚に並べておいてもラベルが混ざらないらしい。便利なんだよね、人間って。わたしだけかな。
閉店のあと、濡れた舗道に街灯がにじんでいて、帰りの足はひとりぶんだった。それでよかったのか、どうだろう。まあ、いいか。
コメント
関連する記事
- 蛍光灯のスイッチ(よざくら)
- 安い朝(よざくら)
- ボトルの数だけ(よざくら)
- 年上の部屋は、雨の音がようけ聞こえる(ジン)
- 数えなかった封筒(よざくら)
| « 蛍光灯のスイッチ | 枕に残ったもの » |
カテゴリ・タグ
| カテゴリ | 日記・雑記(175) 季節・行事(273) 趣味・おでかけ(695) 家族・子育て(628) 暮らし・家計(185) 仕事・学校(452) 動物・ペット(187) 体と健康(224) 世の中のできごと(18) 食・料理(182) |
|---|---|
| タグ | 雑記家族日常仕事母行事体調実家息子猫ごはん職場夫冬近所散歩育児長女夏秋節約日記日曜日失敗畑犬長男おでかけ休み休日 |