念のため、のハンコを千回押したい
第一土曜の午前だけ開いとる市役所の窓口に、母の介護保険の書類を出しに行った。立冬やと。自転車のハンドル握っとる手が、十分で他人の手になった。
窓口の若い兄ちゃんは悪ない。マニュアル通りに「こちら、委任状が」と言うただけや。時給で働いとる顔しとった。俺と同じ顔や。あれは叩く相手やない。
問題は、奥から出てきた係長や。カーディガンの胸ポケットにボールペン三本挿して、俺の書類を、汚いもんみたいに指先でつまみ上げて、「お母様ご本人の意思確認は、どないされてます?」。
しとるかボケ。それがでけへんから、息子が寒い中、鼻水垂らして来とるんやんけ。グループホームの名前も、診断書の写しも出した。ほんで返ってきたんが「念のため、月曜以降に改めて」。月曜は棚の前じゃカス。お前らが開けとる時間、俺はずっと働いとるねん。
頭の中で、あの胸ポケットのボールペンを一本ずつ抜いて、あいつの机に並べたった(三本とも百均やった)。ほんで「念のため」の判子を、そのテカった額に、千回押す。朱肉が乾いたら、拝むように頭を下げさして、また押す。書類の不備やない、お前の人生の不備や。人の親のことを、受付番号の札くらいの重さでしか持たれへん奴が、退職金を満額もろて、孫に囲まれて、畳の上で死ぬんやろ。ご立派なこっちゃ。
月曜、また休みもろたら、時給千五百八十円の八時間分が飛ぶ。母はたぶん今日も、俺の顔を見て父の名前を呼んどる。
ええわ、行ったる。朱肉、持って。
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