祖母の柿の話は、今夜で三度目でした
雨が昼から夜まで降り続いておりまして、冷え性の足先がいつまでも温まらず、湯たんぽを抱えたままこれを書いております。
今夜、隣の部屋の祖母が、祖父の畑の柿をそろそろ取りに行かなくては、というお話を、夕飯のあとだけで三度なさいました。祖父が亡くなって九年になりますが、わたくしは否定せずに「明日にいたしましょうね」と申します。否定をしたところで、祖母の顔から表情が一枚ずつ剥がれていくだけでございますので、ゆっくりと話を合わせるほうが、お互いに楽なのです。
祖母は家計簿を毎晩つけるような人で、八十になった今でも、数字の欄だけは迷わずに指でさします。ところが先日、近所の桜台ひろばのベンチで休んだ帰り道に、わたくしの名前がすぐには出てまいりませんでした。母のことは、はっきり覚えていらっしゃる。そういうものでございますね。
ふと、職場のあの先輩を思い出しました。あの人は、他人の机の引き出しを、一日に平均三回、勝手に開けていらっしゃいました。わたくし、数えておりましたの。祖母は自分の記憶の引き出しが勝手に開いていくのに、文句ひとつ仰らない。同じ「開く」でも、品格というものは、ずいぶん違うものですこと。ふふ。
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