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傘も畳めん女を、水曜の雨で回収した
小雨の水曜やった。蒸すくせに風だけは強い夜で、黒猫橋の軒先に立った女は、傘を畳むのに三回しくじっとった。指が震えとる。酒のせいやない、3週間かけて俺が返事を一日ずつ遅らせた分が、そのまま指先に出とるだけや。店を辞めてから、自分から落としにいった初めての女やった。看板も源氏名もない素の俺で通るかどうか、試したかったのもある。結果は見ての通りや。先月、この女は頼んでもないのに「困ってる人を助けるの、好きなんです」と自分で言うた。金の話は相手の口から出させる。数字は嘘つかん。
肩に手を置いたら、湿った布の下で体温がじわっと上がってきよった。…息が一拍遅れて、首筋に汗とも雨ともつかん粒が浮く。耳の下に唇を寄せて、名前を呼んだ。低く、ゆっくり、語尾だけ落として。それだけで膝から力が抜けて、もたれてくる体の重さを、俺は値踏みする目で測っとった。可愛いもんやで。ええか、寂しさには値札がつく。俺はそれを読み上げとるだけや。
タクシーの後部座席で、女の指は俺の袖口をつかんで離さへんかった。窓を流れる雨の筋と街の灯が頬の上で混ざって、運転手がミラー越しに見とるのにも気づかんほど、こいつは自分の呼吸に溺れとった。部屋に入ってから、俺は服を脱がせるより先に女の手首を握って、脈が親指の下で暴れるのを待った。速い。速いほどええ。その速さは、そのまま「この人に捨てられたら終わる」の速さや。…シーツは最初冷たかったのに、すぐ二人分の熱で湿って、女の爪が俺の右肩の古い痛みを探り当てた。軋んだ。その痛みすら、女が俺に預けた貸しやと思って数えとった。好きとは一回も言わんかった。言わんでも、本人が勝手に空白を埋めよる。その埋め方が必死であればあるほど、請求書の桁は増える。
正直に言うたる。女が、俺が適当に渡した名前を泣きながら繰り返すのを聞いたとき、腹の底がいちばん気持ちよかった。体やない。人間ひとりの中身が俺の言い方ひとつで裏返って、自分の値打ちをこっちに差し出してくる、あの音のない崩れ方や。父もこうやったんやろ。口先だけで母の金を抜いて、いまもどこかで誰かの体温を借りて笑っとる。俺はあの男を軽蔑しとる。軽蔑しながら、同じ手で、同じ顔で、女の中身を空にして悦んどる。クソやな。自分でもそう思う。思うだけで、手は止まらん。止める気がそもそもないんやから、世話ないわ笑。
朝方、髪をほどいたまま眠る女の横顔から、化粧の落ちた匂いが立って、一瞬だけ昔の母の匂いが鼻に戻った。酒が足らんかった。洗面所で顔を洗って鏡の中の目を見たら、笑うても目だけが冷たい。女が起きて「また会える?」と言うたとき、俺は時計を見た。来月の頭、あの口座になんぼ足されるか、足し算はもう終わっとる。この女の寂しさは、あと六十万は持つ。泣くまで搾って、ええ顔して捨てたる。結局は金や。
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