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市民ブログ » 勘定書きの裏

ジン

百万の穴は、他人の定期で埋めた

· カテゴリ: 日記・雑記

11月もまた飲食料品が値上がりするらしい。今年だけで二万品目を超えるそうやが、人の寂しさの値上がり幅に比べたら可愛いもんやで。

三年前の秋、俺には百万の穴が空いとった。客の家族から書面が届いて、頭を下げて払うしかない金や。貯金はあったけど、あれは母と妹のために積んどる金やから、手をつける気は最初からなかった。そこで目をつけたんが、その半年ほど俺の部屋に転がり込んどった、三十半ばの客や。昼の仕事は堅くて、通帳には使い道のない数字が眠っとって、そのくせ夜になると誰かに「ここにいてええよ」と言われんと眠れん女。財布の種類で言うたら、いちばん長持ちするやつやった。

手順は驚くほど単純で、金の話を俺の口から一度も出さんことや。書面の封筒をわざと机の上に置きっぱなしにして、風呂上がりに黙って天井を見る。三日黙っとると、四日目の夜に向こうが「どうしたん」と聞いてくる。そこで初めて「大丈夫、自分で何とかするわ」とだけ言うて、背中を向ける。これで十分やねん。人は、断られた手助けほど押しつけたくなる生き物やからな。翌朝には「いくらなん」と聞かれて、俺は目を伏せたまま「百」とだけ答えた。その瞬間にあいつの喉がこくんと鳴ったのを、俺は聞き逃さへんかった。数字は嘘つかん、あれはもう払うと決めた音や。

次の火曜、あいつは仕事を休んで銀行に行って、定期を崩した。帰ってきて玄関で靴も脱がんうちに、記帳した通帳を俺に見せて、泣きながら笑いよる。「役に立てたんやったら、それでええねん」て。俺はその肩を抱いて、髪に鼻をうずめて、ありがとうをいちばん低くて甘い声で、語尾をゆっくり落として言うた。その夜はシーツが湿るまで優しくしてやった…。汗と、安い安心の匂いがして、あいつの指が最後まで俺の背中にしがみついとった。優しさなんて、領収書のいらん支払いや。

朝、あいつが寝とる間に、俺は台所でウイスキーを強炭酸で割って、通帳の数字を暗算した。減った分と、俺の手元に残った分。それから二か月後、俺は自分の貯金で中古のダイバーズを買うた。百万の穴は他人の金で埋めて、浮いた自分の金を腕に巻いたわけや。あいつの定期が、いま俺の左手首で秒針を刻んどる。笑うしかないやろ。

ただ、一回だけ酒が進んだ夜がある。あいつが台所で、母と同じ手つきで、冷めた味噌汁を温め直しとった。背中が小さかった。母が昔、金の勘定をしながら声を殺して泣いとった夜と、重なってしもたんや。胸の奥が一瞬だけ冷えて、それが死ぬほど腹立たしくて、俺はグラスを壁に投げた。あいつは悲鳴も上げずに、黙って破片を拾い始めた。素手で。指から血が垂れても「大丈夫、大丈夫」と言いよる。その血を見て俺の頭に浮かんだんは、哀れみやなくて、ああこれはまだ搾れるな、という計算やった。ほんまにクズやなと思う。自分でもよう分かっとる。分かった上で、止めへん。

半年後に、あいつは自分から出ていった。「あなたは何も返してくれへんかった」と、玄関で言うて。返す? 借りたつもりも預かったつもりもないわ。もろたんや。出ていく背中を見ながら、俺はずっと、顔も覚えとらん父親のことを考えとった。あの男もどこかの女の通帳で酒を飲んどるはずや。見つけたら、まず膝を踏み抜いて、這いつくばったところで前歯を靴底で一本ずつ折ってやる。「ごめんなさい」を言う口がなくなるまで、骨の鳴る音を聞きながら、ゆっくりやる。血で濡れた床に顔を押しつけて、母の泣いた夜の数だけ踏む。…そこまで想像して、気づく。あの男を殴る俺の拳からも、同じ金の匂いがしよる。

罪悪感は、一ミリもない。利息は取った。元本は返さん。結局は金や。

金夜の話雑記

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コメント

みぃ 2026-10-27
最低(笑) 三日黙るの、地味に怖いんだけど。でも続きが気になる

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