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ジン

知らん洗剤の匂いの中で、女の財布を数えた朝

· カテゴリ: 日記・雑記

目が覚めたら、知らん洗剤の匂いが枕にまで染みこんどって、それが自分の体の内側から立ち上ってくるような気がして、しばらく天井の染みを見たまま動かれへんかった。雨は夜通し降っとったらしく、カーテンの裏が灰色に濡れた光で重たいし、窓を叩く音も一定で、十月も下旬やのに空気だけが妙に生ぬるい。隣の女はこっちに背中を向けて寝とって、肩甲骨のあたりの皮膚が薄うて、呼吸のたびに骨の形が浮いたり沈んだりしよる。俺より二十近く上や。母よりは下やけど、そう遠くもない。

昨夜は黒猫橋の端の席で、氷を指で回す癖のあるこの女が隣に座って、その指の節がもう若くないのを、俺はグラスの縁越しにずっと見とった。ええか、若い女の指は何も語らんけど、この年の指は全部語るんや。…部屋に上がって、電気を落として、声を低うして耳の下で名前を呼んだら、女は目を閉じたまま喉の奥で笑うた。汗でシーツが肌に貼りついて、剥がすたびに小さい音がして、冷たいとこを探して足が彷徨った。痛めた右肩の筋を女の掌がゆっくり押さえてきて、その熱が、いまも肩の奥に居座っとる。可愛いもんやで。寂しさには値札がつく、その値札を俺は昨夜、息のかかる距離で読み上げただけや。

最低なんは、ここからや。女が深う寝とるのを確かめて、椅子の背に掛けてあった鞄を、音を立てんように開けた。財布の中は三万二千円、カードが五枚、保険証の生年月日から数えて四十九、手帳の端には鉛筆で貯金の額らしい数字が書いてあって、八百いくら。数字は嘘つかん。寝息のすぐ横で、俺はこの女の孤独の残高を暗算しとった。月に二十万なら四年もたん、十五万に抑えて色恋を長う引っ張れば二年は持つ、元客の二人の振り込みに足せばあと半年は働かんで済む。喉が鳴った。さっきまで皮膚を重ねとった相手の寝顔を見ながら、舌の根が甘うなるほど具体的に割り算をしとる自分が、いちばん気持ち悪かった。

ほんで、もっとひどいことを考えた。この女が泣く顔を見たい、と。化粧が崩れて、床に座りこんで、袖を掴んで「お願いやから」と繰り返す顔を、順番に、細かいとこまで想像した。鼻水で濡れた頬、震える指、掠れた声、ほどけた髪が口に入って、それでも俺の名前を呼ぼうとする唇。それを上から眺めて、財布を閉じて、黙って靴を履く。その一部始終を頭の中で何度も再生して、そのたびに腹の底が熱うなって、なんやこれ、ガチで無理すぎるやろと思いながら、止められへんかった。台所の蛍光灯の下で、金のことで声を殺して泣いとった、あの夜の母と同じ年頃の女の泣き顔を、俺は欲しがっとる。口のうまい父親の遺伝子が、俺の舌の上でいちばん上等に育っとる。クソ親父、あんたの息子は立派にあんたや。

女が寝返りを打って、薄目で俺を見て、「帰るん?」と掠れた声で言うた。俺は頬に指を置いて、いちばん甘い声を作って、「また来るわ」と言うた。来る気がないのでも、あるのでもない。次の月曜の算段が、もう頭の中で勝手に始まっとる。母は今朝もひとりの台所で味噌汁を作っとるはずやのに、俺は他人の部屋で他人の金を数えて、それでもまだ足りんと思うとる。情は利息みたいなもんや。この女は、これから高うつく。結局は金や。ほんで、泣かせたい。それだけが、本音や。

夜の話酒雑記

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