顔も出さん奴の説教
朝五時、小雨。犬は雨でも行く気で玄関に座っとる。右耳の垂れた間抜けな顔でこっちを見上げるけん、合羽ば着て外に出た。
歩きながら、昨夜見たネットの書き込みを思い出して腹が立った。犬の躾について、顔も名前も出さん奴が「叩くのは虐待」「飼う資格なし」と偉そうに並べとった。ボケが。俺は叩かん。叩かんが、うちの犬が吠えたら低い声で一言いえば止まる。静かに言う方が効くったい。口だけの奴は、犬一匹まともに黙らせたことがなかろうが。
昔の話ばい。二十代のころ、事務所に口の達者な男がおった。理屈ばかりで、兄貴の前では一言も言い返せん。それで裏では若い衆に説教を垂れる。ある晩、駐車場に呼び出して、胸ぐらを掴んだ。そいつ、膝が笑いよった。小便の臭いがした。理屈は膝が震えたら終わるったい。今でもあの臭いは思い出せる。
犬は道ばたの雨水ば舐めようとして、リードを引っ張る。やめんか、と言うと、ちゃんと振り向く。ふん、可愛い奴ったい。こいつは顔も名前も隠さん。腹が減ったら鳴くし、嬉しければ尻尾が千切れるほど振る。画面の向こうで石ば投げる連中より、よっぽど筋が通っとる。
匿名の陰から人を撫で斬りにして、自分は傷一つ負わん。そんな奴が俺の目の前に立ったら、腹の底から聞いてやる。その口、顔ば出して、もう一度言うてみろ。聞こえんのか。
以上。
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