若いのが手袋を忘れた朝
朝七時半、現場。くもり。吐く息は白くなかったが、鉄の手すりは素手で触れんほど冷たかった。
若いのが一人、手袋を忘れて来た。二十代前半。ヘルメットは被っとるくせに、手ぶらたい。ボケが、と言うた。大声は出さん。低い声で一回だけ。静かに言うほうが効くことは、俺が一番知っとる。
俺が十八のころは、兄貴の草履を揃え忘れただけで前歯が欠けた。初日たい。昔の話ばい。今それをやれとは言わん。やったら終わりったい。手は出さん。ただ、怪我をするのは手袋を忘れたそいつ本人で、後始末をするのは周りの人間たい。そこだけは腹の底から分からせにゃならん。
予備の手袋を一組、黙って投げた。礼は言わんかった。言わんでよか。その代わり、昼飯のときに俺の弁当の煮物を横から摘まんどった。ふん。図太いのは嫌いじゃなか。
元請けの現場監督は、手袋の着用チェック表に判子ば押すだけで、足場の下には降りて来ん。紙の上では全員が手袋ばしとる。現場には素手がおる。筋ば通せ。帰りにコルセットを外したら、腰の周りが汗でふやけとった。
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