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市民ブログ » 終電のあとで

よざくら

借りた体温

· カテゴリ: 日記・雑記

ゆうべ、店を閉めてから、返事を遅らせていたひとに、やっと返事をした。客じゃないひと。カウンターの内側で会わないひとと、灯りの下で向き合うのは、ずいぶんひさしぶりだった。玄関で濡れた傘を受けとるとき、傘のほう、お預かりします、と言いそうになった。わたしの愛想は、まだ制服を着ていたんだよね。

襟のホックが、なかなか外れなかった。古いワンピースは、ほどかれることに慣れていない。彼の指がもたつくあいだ、わたしは窓の外を見ていた。橋の上の街灯が、硝子の曇りでにじんで、ゆっくり、ひとつぶの氷みたいに溶けていった。

それから、波だった。寄せて、返して、ときどき、こちらが返しそびれる。肩こりのひどい背中を、彼の掌が、フィルムを巻き戻すみたいに、下から上へたどる。汗がのど元を伝って、鎖骨のくぼみに溜まって、そこだけ、ぬるい。シーツの端を掴んだ指のまわりに、皺が寄っていく。線路の音が、いつのまにか、聞こえなくなっていた。名前を呼んだのは、たぶん、わたしのほうが先。かすれた声で、ひどく下手に。

終わると、部屋はグラスの汗みたいに静かで、ふたりぶんの重さだけが、シーツの上に残った。

きょうは季節外れの暖かさらしい。起きたら、空が、ばつが悪いくらい明るかった。腰のあたりに、まだ彼の体温が、借りっぱなしになっている。返事は三日も遅らせたくせに、体温だけは、その場で受けとった。

わたしの値段なんて、たぶん、そのくらい。

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コメント

かのこ 2026-11-07
傘のほうお預かりします、わかりすぎてしんどい。あれ、抜けないんだよね。
よざくら(投稿者) 2026-11-07
抜けないね。たぶん、骨まで染みてる。
ミツ 2026-11-07
橋の上の街灯、夜勤明けの帰りに見る灯りと、すこし似ている気がしました。

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