スーツの先輩とレジの前
バイト先の書店に、四年生の先輩がいる。今日は説明会の帰りに直接来たそうで(店長との立ち話が聞こえただけで、わたしから話しかけたわけではない)、スーツのままレジに立っていた。最高気温は二十六度。上着を脱げない人の背中というのは、見ているだけで汗が出てくる。気の毒な光景ではある。
先輩はエプロンをつけると、急にいつもの顔に戻る。ところが、新刊の平台を直すあいだも、ときどき携帯を見ている。要するに、棚の整理と就職活動の連絡待ちを、同時に走らせているわけで、人間にマルチタスクは向いていないと、わたしはいつも思う。案の定、雑誌の付録をひとつ入れ忘れて、ひとりで笑っていた。
こちらは入学して二か月、バイトを始めて数日の一年生である。就職活動は、まだ天気予報のようなもので、遠くの空に何かがあるらしい、くらいにしか見えていない。ただ、最後の一年というのは、普段の仕事の上に、もう一枚別の仕事が重なってくることなのだな、とは分かった。書店員として覚える棚の場所が、わたしはまだ三割。先輩はその上でエントリーシートを書く。だらずな一年生には想像もつかない。
帰り際、先輩はネクタイをゆるめて「あと一年あるって思ってたんだけどね」と言った。わたしは「お疲れさまです」しか返せなかった。三年後のわたしが同じことを言う気がして、レジの下で、数えたくない月数をひっそり数えてしまう。誰も得をしない計算である。
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