夫の帰りを待つ、霧雨の夜
霧雨の降る一日でした。夕ごはんのあと、夫がお茶を飲みながら、「今日、会社で古い橋の図面を見たよ」と言いました。昭和の終わりごろに、夫が若い技術者として手がけた橋の点検があったそうです。
夫は無口な人ですから、仕事の話を自分からするのはめずらしいことです。三十数年前に引いた線が、いまも川の上に残っている。そう話す声は低くて、少しうれしそうでした。わたしは経理の人間ですので、図面のことはわかりません。それでも「そう、残っているのね」と答えると、夫は「うん」とだけ言って、湯のみを両手で包みました。
それから、しばらく二人で黙っていました。猫がストーブの前で丸くなっていて、時計の音だけが聞こえます。父が亡くなって、もうすぐ一年になります。父も、町工場で打ち抜いた部品の話は、ほとんどしない人でした。それでも夕飯のとき、手のひらをじっと見ていたことがあったのを、ふと思い出しました。
やがて、夫はぽつりと「今度の休みは、温泉に行こうか」と言いました。箱峰に泊まった十年前の旅を、夫も覚えているのでしょう。湯上がりの瓶ビールを半分こする相手がいるのは、いいものですね(ふふ)。手帳の来月のところに、小さく鉛筆で丸を付けておきました。
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箱峰の旅を覚えていらっしゃるなんて素敵ですね。冬の湯上がりは格別ですから、ぜひゆっくりなさってくださいね。