父の眼鏡ケースが、まだ引き出しにありました
母の家に行って、台所の引き出しをあけたら、父の眼鏡ケースが出てきました。茶色の、角がすり減った硬いケースです。中は空っぽ。眼鏡は、最後まで使っていたものを、母がどこかにしまったのだそうです。
父は口数の少ない人で、小さいころのわたしは、何を考えているのかよくわからないなあと思っていました。でも、ケースの内側に、小さく折ったレシートが一枚入っていて、見たらバス代の領収でした。たしか二七〇円。病院に通っていたころのものかな…。こういうものを、きちんと取っておく人でした。わたしの几帳面なところは、たぶん父ゆずりです。
思い出すのは、朝の港です。まだ暗いうちに父の自転車の後ろに乗せてもらって、魚の水揚げを見に行きました。氷の山と、長靴の音。父は何も言わないのに、わたしが寒そうにしていると、黙って自分のマフラーを巻いてくれました。あの毛糸のにおいは、いまも思い出せます。
今日は霧雨で、少し肌寒い一日でした。母は「持って帰る?」と聞いてくれたけど、ひとまずそのまま、引き出しに戻してもらいました。まだ、わたしの家に置くには早い気がして。まあ、またそのうち、です。
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