志望理由書、一行目に三十分
朝、コタロウの散歩から戻ったら、長男が台所のテーブルで下書きの紙をにらんでいた。外は霧雨。自分のTシャツも、コタロウの背中も、うっすら湿ってる。聞けば、推薦で出す志望理由書だと。新潟の大学の工学部。夏のオープンキャンパスから帰ってきて、ぽつっと「ここにする」と言ったきり、あとは淡々と準備を進めている、というわけ。
ただ、一行目が書けない。自分が横で見ていた三十分、鉛筆は一文字も進まず。要因を整理すると、1つめ、朝ごはん前で血糖値が低い。2つめ、父親が後ろでうろうろしている。3つめ、書きたいことが多すぎる、という仮説。保健体育的には1つめがいちばん効くので、まず味噌汁を出した。中学生の作文なら毎年何十本も見てるし、ここは自分の出番だべ、と身を乗り出したんだけど。
「いい、自分でやる」と。(笑)
結局、長男が書き出したのは、スキーのワックスの話でした。雪の温度で滑りがガラッと変わるのがおもしろくて、材料のことを知りたくなった、と。自分は知らなかったんだわ。毎年冬になると、玄関で黙ってアイロンを当てていた、あの背中。ちゃんと理由があったわけだ。これは検証の必要なし。
2つめの要因はどうやら当たっていたので、自分はコーヒーを持って居間に退散。妻には「追い出されたの」と笑われたけど、まあ、ネタになったからいいか。台所からは、鉛筆の音がずっと聞こえていた。
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