ろうそく一本で、戸が軽くなる
朝、五時半に起きたら、雨でした。風も強くて、雨戸が鳴っとる。散歩は、止めにしました。こういう日の川沿いは、いかん。
雨が続くと、木が水を吸う。居間の戸が、重くなりました。引くと、途中で、ぐっと止まる。こういう時は、敷居に蝋を引くのがいい。段取りは、こうです。まず、溝の埃を、古い歯ブラシで掻き出す。次に、乾いた布で拭く。それから、仏壇の蝋燭の使いさしを、溝に擦りつける。往復で三回。最後に、戸を十回ほど開け閉めして、蝋を馴染ませる。昔はな、どこの家でも、これをやったもんだ。今は、滑りを良くするスプレーも、売っとるらしい。わしは、蝋でいい。手を動かしてみりゃ分かる。すうっと、軽くなるでな。
おはぎは、風の音が怖いのか、朝から、ピアノの部屋の隅で丸くなっとります。サバは、戸が開く度に、のそのそ見に来た。十回、全部ついて来た。手伝いのつもりずら。ふふ。
妻は、戸が軋むと、すぐ、わしを呼んだもんです。「お父さん、ここ」と、指を差すだけで。あの指の先は、大抵、合っとった。蝋燭の使いさしを、捨てずに引き出しに溜めとったのも、あの人で。お陰で、まだ何本も残っとる。
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